北鎌尾根
2009年10月11日〜14日
中野
今年も夏休みが取れなかった、確か昨年も同様に仕事が忙しく纏まった休みが無かった。9、10月に少し時間の余裕が出来た、お金は相変わらず余裕無しだが。
この際、無理して長期間の休暇を取り積年の課題を三つ(前穂の北尾根、北鎌、槍から西穂の縦走)山旅の形で片付ける事にしようと考えていたが、結局仕事が入り急遽短縮バージョンに成った。迷った末『北鎌』に決めた、11日から13日とし予備日は14日、15日の朝一番に提出する仕事が有るので、予備日は最悪使用と計画を立てた。
連日遅く迄仕事、帰宅が11時過ぎになった、準備は大体出来ていたが入浴食事、そして明日も準備で就寝が午前2時になった。
午前4時過ぎ起床、雨音で目が醒めた。5時9分の環状線に乗る為、トイレ洗面、簡単な朝食を大急ぎ済ませ、傘を差し出る。
新幹線は自由席確保でき然程込んではいなかった。
名古屋からの中央線は最悪だった。6両編成で4両の指定席は満員、数少ない2両の自由席車両に乗客が群がりデッキまで蟻の入る隙間も無い程超満員、300%は超えて居る感じがする。
荷物置場は確保出来たが(特急しなの号は専用の荷物置場がある)身柄はデッキの隅に追いやられ1人35 cm角のスペースしかない、当日、JR東海主催で『何とかウォークラリー』が有りそれで込んでいる様だ、それなら増両しろと立って居る乗客は心の中で叫んでいるに違いないが誰1人共車掌に文句を言わない。其れを見越してか先制にアナウンス時に込んでいる事の詫びを入れる。これで車掌は無罪放免だ。平然と混んだ乗客の脇を掻き分け通る。
朝食は満足に出来る時間は無かったし、2時間程しか寝られなかった、空腹と睡眠不足、オマケに2時間も立ち放し、気分が悪くなり体調は最悪、混んでいる人の中に倒れそうになった時、松本駅に着いた。
大糸線は登山客が多く混んではいたが席は確保、疲れた。
映画『ミッドナイトイーグル』の舞台になった穂高駅に着く、竹内結子と大沢たかおが会う場面で駅舎とプラットホームが映画に出ていた。
駅前から満員になった中房温泉行きのバスに乗る、電車と違って全員座れる。
中房温泉では天気は回復模様で雨は止み曇り状態。此処で水を補給、フル装備の荷物を担ぎ歩く、少しは体調が回復した感じだ。
歩き始めると体温が上り暑い、半ズボンの人もいる、10月の高山の秋山とも思えない服装である。
やはり体調が万全で無いようだ、ピッチが上らず休憩が多い。燃料補給したら上向くと思い、合戦小屋で山菜うどん食べる、気分的に元気に成った。
高度を上げるに気温が下がり(当り前)、日が落ちるに更に下がり(此れも当り前)寒くなり、99円ショップの手袋では対応出来なるが、冬用は使わないと思い底の方に追いやったので直ぐには出ない。我慢で大天井荘に着く18時、辺りは薄暗い。大急ぎでテントを設営するも、寒さと時折吹く強風で手間取り、30分も掛った感じがする。兎に角寒い、雪は無いが完璧に冬山になっていた。
2L400円で水を確保した後、消耗した電池の入ったヘッドランの薄暗い明かりの中で(予備の電池無し)食事の用意をし、ホットウイスキィーで身体を温める。
シュラフは羽毛ではなく化繊、後悔するが其れに潜り睡眠状態に入るが寒く震えが来てとても眠れない、持参している全ての着る物を身に付ける。上半身5枚下半身は3枚にタオルを巻く、少し益しになる。
寝ようとするが、まだ寒く良く寝付けない、ウトウト状態で朝を迎える。
二日間も睡眠不足、身体の状態は最悪。しかし山の景色は素晴らしく壮大な雲海が広がっていた、昨日の冷え込みが効いていたのだろう、暫し見とれ高山にいると実感する。
午前6時に大天井荘のテン場を出、大天井ヒュッテ経由で貧乏沢を目指す。想定していたよりも大天井ヒュッテ迄時間が掛った、着いて貧乏沢の道を確認と思い中に入ったが、ガランとした感じで人は誰も居ず、諦め歩き始める。
山腹をトラバースの登山道、何故か尾根筋から沢に下りるイメージを描いていたので道が違う感じがした。暫らく歩くも山腹をトラバース、道の確認をした方が良いとUターンして歩き出したトタン、直ぐ前方から人が来た。槍ヶ岳山荘のゴロの入ったフリースを羽織、足元はゴム草履、そして空身の精かそれとも山歩き慣れの精か早足で向かって来る。ぶつかる寸前で声をかけ貧乏沢の入口を尋ねる。
親切に『私も向かうので案内しましょう』と言ってくれたので礼を言い後に続く。早いので小走り気味に着いて行く、ハーハーと息が上りそうになりかけた時、聞こえたのかその人の足が止まり、2、30m前方を指さし『今、二人の人が歩いている辺りの右側に貧乏沢入口と書いた木札が掛っています、そこが入口です、私はここで帰ります、気を付けて行って下さい』と、その槍ケ岳山荘の人はわざわざここまで案内してくれたのだ。丁寧にお礼の述べ頭を下げ分かれる。
その入口は、登山道脇の林の中に有る感じで木片に小さく《貧乏沢入口》と書かれ架かっている。大きな沢の入口を描いていたので木札がなければ分らない。その木札も注視しなければ見過ごしてしまう程で余り目立たない。そこでハーネスを着け身支度を整え沢に入る。
急な沢で、涸沢から途中水量の多い沢となり処々で高巻を強いられたり、越せない岩場に当り空身で上がり、ザックをザイルで引き上げたり、出口近くで足を滑らせ転倒、オモイキリ左側のお尻を打ち、暫らく立てなく状態になると同時に左手首を切り出血。左手首は少し砂が付いたので水で洗い消毒を施し傷テープの上包帯を巻いた、傷は然程痛まないが、お尻は痛い、骨折はしていないが石の上だったので酷く打った様だ。
アクシデンドがあり予定より少し押して天井沢に着くが、水量が増し渡渉出来ない。荷物を置き上流に渡渉ポイントを探すが見つからない、仕方がなく沢の出合いに戻り、素足になりズボンの裾を捲くり渡渉するが足を滑らせ体制が崩れた、転倒は免れたがお尻の辺りを濡らす、冷たい、下着も速乾性だから体温で乾くと言い聞かせ北鎌沢を目指す。
貧乏沢の如く出合いを見逃さない様に、国土地理院発行の地形図を頭に入れ天井沢を上る。今度はイメージ通りの北鎌沢の地形が現れた、見上げると少し上った先に左俣と右俣が目視出来る、確信した、北鎌沢だ。
沢には水は無く少し不安になったが5分も上らない頃からチョロチョロと水の流れが見え姶めた、上るに水量が増してくる、出来るだけ上部で補給した方が楽だと思い給水は水筒に入れず休憩時に直接飲んだ。
コル迄は時間の短い右俣を選び登高続けるが、途中これも貧乏沢と同様で1ヶ所だけ重荷では突破出来ない岩場に当り、安全策を取り空身で上がり、荷物をザイルで引き上げた。
遥か彼方にコルが遠望でき目標が定まるが、フル装備の重荷と二日間の睡眠不足、体調絶不調で休憩が多くなり遅速になる。このまま進めば槍ケ岳山荘のテン場まで抜けられない状況に陥る可能性がある、水が1.5L強しかない、水場はもう通り過ぎている、出来るだけ飛ばすか、水を節約するかである。北鎌のコルに着いたのは12時半、予定の1.5倍の時間が掛っている、飛ばすのは不可能、水を節約する方を選ぶ。
ルートは踏後を辿る、天気は良く展望が効くので槍ヶ岳を見ながらの尾根歩きになる。ピークを超えコルに降りるその繰り返しで徐々に槍が大きくなる。ザイルが必要な処は無い、体調が良ければ快適な岩稜歩きであるが、重荷と睡眠おまけに体力、水不足で辛い状態での行動になる。転倒すれば滑落もあり得るのでフィックスロープが有ればプルージック又はヌンチャクで確保、慎重に歩く。
槍には抜けられないのでテン場を探しながら疲れも有り、ユックリ歩く。コルに着くと吟味する、快適か如何かである、風が通ると寒いし強風だとテントも立て難い、風陰に成る場所が有れば最適と探すが、狭いコルが多く見つからない。
独標のコル迄来た、時間は3時半、少し早いが広く快適おまけに岩陰が有り風も防げるしここにテントを張る。
残りの水は約1.1L、ホットウィスキーで身体を暖め、ラーメン半分と行動食を食べる、残り約0.5L強くらい、水を節約しストレートでナイトキャップ、早々にシュラフに潜り込む。
寒いが着込むと然程寒くは無い、疲れ過ぎの為かそれとも広い山懐で1人孤独
の精か昨日と同様寝付かれなくてウトウト状態で朝を迎える。
夜中に見た月明かりの輝きが、今日の晴天を約束してくれた様に、登山日和になりそうな夜明けだ。朝はラーメン1/4でO.15L、ミルクコーヒーで0.15L、残り0.2L強これで槍の小屋まで行く事になる。
天候は快晴、ルートは解かり易く疲れもあるのでユックリと踏後を辿る。順調に槍に近づき北鎌平に着く、水は殆んど無い、しかし槍まで1時間半そして小屋まで20分、2時間弱で着く筈。暫しここで行動食を取り休憩していると、突然ヒョイと飛騨側から人が現れた、貧乏沢に入ってから人には会っていないので驚いた。サングラスを掛け重い荷背負った屈強な30代前半くらいの若者である。昨日は北鎌のコルでテントを張り、ピーク10からトラバースルートで飛ばして来たのでバテてしまったと言ったが、そうは見えない。ピークを踏まないトラバースルートが有るのを初めて知った。彼はサボリルートだと言っていた。
それにしても早い、8時間掛った処を5時間で来た、倍近い早さだ、若さの力か。
少し話しをしていたら、水が無いことを知り彼は、水はタップリ有るので少し分けましょうと、ほぼ満タン2Lの水袋を取り出し、差し出してくれた。 0.5L入りの底に残った僅かな水を飲み干し、言葉に甘え遠慮しながら0.3L程移し換えた、心からお礼を述べそこで先行した。彼はコンロを取り出し一息つくらしい。
ここで初めて右にルートを間違う、直ぐ気付き左に戻ると、もう先ほどの若者の姿が見えた、早い。 :
最後はラバースルートからチムニーを超えるのだが、行き過ぎ、ドン詰まり迄来た、戻るのもスパッと切れたやばい処を通るので、登れそうな処を捜す。2ルート有り手前の方がクラックルートで簡単そうなので、但し空身で上り荷物を引き上げる作戦に出る。準備をしていると彼も間違って後を追って来た。早いので先に譲り、登りを見ていると悪戦苦闘して結局降りてきた。そして左のルンゼルートに移りここは時間が掛ったが何とか登りきった。
空身だとクラックルートは登れると決断し挑戦する、しかし身体が振られ全然登れず、彼の行動に納得、即ザイルをしまいザックを担ぎ、後を追う。3級程度の岩だがここも彼の行動に納得、重荷で、身体の疲労、ノーザイル、落ちれば負傷ではなく滑落死である、慎重になり時間も掛かる筈だ。上ればガラガラでここでも慎重に動かなければ、浮石乗り滑ればあの世行きだ。
最後の簡単な壁を登れば、祠の横に出て頂上だった。確かに長い旅のフィナーレに相応しい感動だ。
頂上には先行していた彼と、カメラだけを抱えた登山者と二人だけだった。
10月12日(日)12時半登頂。彼は私を見届けて挨拶を交わし先に下りた。暫し登って来た北鎌尾根を眺め、感動を味わった。1時頃に槍ケ岳山荘に到着。今日中に帰れない事、そして予備日を使う事を連絡しようと小屋に入り、電話を掛けようとしたが、テレホンカードが売切れで電話出来ないと、小屋の人に告げられる。しかしauケイタイならテン場付近で、電波が飛騨から来るから通じると教えられ移動、メールで家に連絡を入れる。これで安心、予備日を使うとは想定外だ、帰れば仕事場直行で徹夜だ。かなり日程的に無理しての山行になってしまった、自営の定めか。
出来るだけ下まで降りて、早く帰る事を考える。千丈沢乗越経由で槍沢を降りる。槍平小屋に着くともう小屋を閉めていてテン場にも人は居ない、トイレも使用出来ない、4時だ。滝谷の出合まで行くことにする。辺りが少し薄暗くなった5時過ぎに到着。高台に有る冬季避難小屋を目指す。中に入ると、裏庭付バスなしトイレ付のワンルームで高床の床張り座敷、一部2段ベット式の床が有る、10人は裕に泊まれる。
室内は小綺麗で、扉がガタ付完全に閉まらない程度で余り痛んでいない。レンガで積んだ暖炉が有り、燃料用の薪も用意してある、余り多くはないが節約すれば二晩は過ごせそうな量で有る。
トイレは室内裏の出入口近くに有り、然程汚れていない。昔の剣沢の臭くて汚い便所より格段に快適である。殆んど使用していない感じだ。
この小屋の中にフライなしでテントだけを張った。今までで最も快適なテン場だ、風もなくトイレも近いそしてなりより暖かい、安眠し熟睡出来そうだ。
横で沢の水音が騒がしいかったが、何時の間にか眠りに就き、起きれば朝だった。帰り時に体調が戻り皮肉にも快調になってきた、睡眠が改善された結果だろう。
帰阪すれば即徹夜の仕事が控えているので、体調万全は良い事だが本音はシンドイ。
9時20分に新穂高温泉バス停に到着。10分程待ち9時半開浴、と同時にバス停前の無料温泉に浸かる。バスは9時50分発なので大急ぎで入浴、下着、上着を替え、くさい汗の臭い落とし石鹸の匂いを着けバスに乗り込む。
記録 10月11日(土)11:20中房温泉出 16:00大天井荘テン場、泊
10月12日(日)6:00大天井荘テン場出 7:30貧乏沢入口 9:30北鎌沢入口
12:30北鎌のコル 15 : 30独標のコル、泊
10月13日(月)6:00独標のコル出 12 : 30 槍ケ岳頂上 13 : 30 槍ケ岳山荘出
16:00滝谷避難小屋、泊
10月14日(火)6:20滝谷避難小屋出 9:20新穂温泉着